大網白里の本國寺|宮谷県庁跡の年表と御首題と駐車場
私が大網白里に住んで5年ほどたったころ、宮谷の本國寺に昔は県庁があったと知って驚きました。それまでは、古いお寺があるな、くらいにしか思っていなかったんです。
明治2年2月から2年9ケ月のあいだ、宮谷の本國寺に宮谷県の県庁が置かれていました。いまは境内が県指定史跡「宮谷県庁跡」になっていて、8時30分から17時まで無料で入れます。
駐車場は乗用車47台分あり、無料で停められます。ただ、御首題の受付の時間や場所については、公式の案内が見つかりませんでした。
私が調べてみると、県の教育委員会のページに、宮谷県の移り変わりが年月を追って書かれていました。宮谷県のことを知ってから境内に入ると、門の見え方が少し変わります。
この記事で分かること
- 明治2年2月から2年9ケ月のあいだ本國寺が宮谷県の県庁だった
- 境内には県指定史跡と県指定有形文化財の坐像がある
- 参拝は8時30分から17時まで 駐車場は47台で無料
- 御首題の受付の案内は公式には見当たらない
宮谷県の県庁はいつからいつまでか

宮谷県の県庁が本國寺に置かれたのは、明治2年(1869)2月です。その前の年の12月から、寺の中には房総知県事の役所がありました。
私は「県庁があった」とだけ聞いて、いつの、どんな県なのか分からないままでした。県教委のページを年表に起こしてみると、慶応4年の政体書から明治6年に千葉県ができるまでの流れが、一続きで見えてきました。
役所が置かれたのは、本國寺にあった宮谷檀林の学寮です。僧が寝起きする建物がそろっていたから、すぐに役所にできたのだと思います。
柴山典が寺に役所を置いた
慶応4年(1868)7月、久留米藩士の柴山典が、上総房州監察兼知県事(房総知県事)になりました。安房の天領を治めるための役で、房総で初めての新政府の民政担当の地方長官です。
その年の9月に元号が明治に変わり、12月には宮谷檀林の学寮が知県事役所になりました。翌年2月、知県事の治める地域が宮谷県と名づけられ、役所は県庁に改められます。
宮谷県の範囲は、上総・安房と常陸の一部を含む、旧天領の地域でした。石高は約372,000石でした。
宮谷県の年表
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 慶応4年(1868)閏4月 | 新政府が政体書を出し、旧天領に府県を置くと決める |
| 慶応4年(1868)7月 | 柴山典が房総知県事になる |
| 明治元年(1868)12月 | 宮谷檀林の学寮を知県事役所にする(9月に明治へ改元) |
| 明治2年(1869)2月 | 宮谷県と名づけられ、役所が宮谷県の県庁になる |
| 明治4年(1871)7月 | 廃藩置県 |
| 明治4年(1871)11月 | 安房・上総全域が木更津県に統合され、宮谷県は廃止 |
| 明治6年(1873)6月15日 | 木更津県と印旛県が合併し、現在の姿に近い千葉県ができる |
この表は、千葉県教育委員会の宮谷県庁跡のページをもとに作りました。

年表にしてみると、宮谷県は廃藩置県と同じ年の11月に終わっています。県があった期間は短くても、いまの千葉県ができるまでの流れの中に、本國寺の県庁がありました。
結論
宮谷県は明治2年2月から2年9ケ月続き、明治4年11月に木更津県に統合されました。いまの姿に近い千葉県ができたのは、明治6年6月15日です。
庁舎に使われた建物
どの建物が庁舎に使われたかは、資料によって書き方が分かれます。
| 資料 | 書き方 |
|---|---|
| 千葉県教育委員会 | 本国寺本堂(旧宮谷檀林大講堂)を除く一切の諸堂が庁舎として使用された |
| 大網白里市デジタル博物館 | 本堂と学寮の六坊を残し、総て県庁に提供された |
| ちば観光ナビ | 宮谷県庁庁舎として使用された山門、本堂、玄関が現存する |
本堂を庁舎に含めていない点は、県と市で同じです。観光ナビだけが、本堂も庁舎に使われたと書いています。
史跡に指定したのは県なので、私は県教委の書き方を軸に読んでいます。どれか1つが正しいとは、いまの資料からは決められません。
800名がいたという宮谷檀林
本國寺には、元和8年(1622)に宮谷檀林という仏教の学問所ができました。開いたのは、当時の住職の日純です。
盛んなころには、800名の学僧がいたといわれています。にぎやかな商業地の大網とはまた違う、学問と信仰の土地の顔があったんですね。
宮谷県の県庁は明治2年2月に本國寺に置かれ、明治4年11月に木更津県に統合されるまで続きました。
境内にある県の文化財

本國寺の境内には、県が指定した文化財が2つあります。近くを歩けば、国や市の文化財にも出会えます。
| 名前 | 種別 | 指定・登録の日 |
|---|---|---|
| 宮谷県庁跡(本國寺の境内) | 県指定史跡 | 昭和29年12月21日 |
| 木造日蓮聖人坐像(本國寺) | 県指定有形文化財(彫刻) | 平成16年3月30日 |
| 熱海輪店(旧千葉銀行大網支店) | 国登録有形文化財(建造物) | 平成11年8月23日 |
| 宮谷八幡宮 | 市指定文化財 | ― |
名前と指定の日は、千葉県教育委員会の文化財のページと、市のデジタル博物館によります。
山門の前に立つと、明治のはじめに役人がここをくぐった姿を思い浮かべる人もいると思います。ちば観光ナビの本國寺の紹介も、「重厚な門構えが印象的」という言葉で始まります。
山門と本堂と石碑
観光ナビによると、境内には庁舎に使われた山門・本堂・玄関が残り、石碑も立っています。県の史跡になったのは、昭和29年(1954)12月21日です。
山門を見上げて、その門構えが印象に残ったという人もいるようです。役人がくぐった門だと思って見上げると、少し時をさかのぼったような気分になります。
本國寺は、空海が開いたと伝えられる真言宗の寺でした。文明3年(1471)に顕本法華宗に改宗し、いまは日蓮宗の寺です。
ここが県庁だったとは知らなかった、と石碑を見て驚く人もいるようです。私も、知ったのは住んでしばらくたってからでした。
雨乞祖師と呼ばれる坐像
木造日蓮聖人坐像は、平成16年3月30日に、県の有形文化財に指定されました。ヒノキ材の寄木造で、像の高さは86.8cmです。
目には玉眼、額には水晶の白毫がはめ込まれ、一部に彩色があります。像は裸の姿でつくり、本物の法衣と袈裟を着せる裸形着装像です。
もとは、手に経巻を広げて持つ姿だったと考えられています。像の中の銘文から、天文15年(1546)4月に造られたことが分かります。
発願したのは板倉氏で、この地域を治めた豪族の酒井氏が大檀那でした。多くの信者の力を集めて、仏師の葛岡蓮宗子神五郎が造りました。
銘文には、袈裟などの寄進も記されていて、寄進したのはみな女性です。
坐像は五穀豊穣の恵みをもたらす像として、別名「雨乞祖師」と呼ばれています。日照りの年に、雨を願う人たちの拠り所だったのだと思います。
本國寺には県の史跡の宮谷県庁跡と、県の有形文化財の木造日蓮聖人坐像の2つがあります。
御首題はどこでどう受けるか

本國寺は日蓮宗の寺です。なので、寺でいただくのは御朱印ではなく御首題になります。
ふだん使っている御朱印帳を、そのまま持って行こうとしている人もいますよね。日蓮宗の寺へ行くときは、御首題用の帳面を御朱印帳とは別に用意する人が多いようです。行く前にこの違いを知っておくと、受付で落ち着いて頼めると思います。
御首題と御朱印の違い
御首題は、「南無妙法蓮華経」と書いていただくものです。日蓮宗の新聞の論説では、御首題は御本尊を短くまとめたものだとし、参拝の証の御朱印とは別ものと述べています。
同じ論説には、朱印帳にも御首題を書き入れるという住職の話も出てきます。朱印帳に書いてもらえるかどうかは、寺によって違うと思っておくのがよさそうです。
受付の案内は公式に無い
本國寺の御首題の案内を、私は県の観光ナビや宗派のページで探しました。でも、受付の場所や時間を書いたページは見つかりませんでした。
注意
本國寺の御首題の受付の場所・時間や、書置きがあるかどうかは、県や観光の案内には見つけられませんでした。
せっかく行ったのにもらえなかったら、残念ですよね。御首題を受けたいときは、参拝の時間のうちに訪ねて、寺の方に聞いてみてください。
本國寺は日蓮宗の寺なので、受けるのは「南無妙法蓮華経」を書く御首題です。
行く前に知りたい時間と駐車場

本國寺は、参拝できる時間が決まっている寺です。定休日は無く、料金は無料です。
初日の出を見たあとに、そのまま寄ろうと考える人もいると思います。でも、朝早く着きすぎると、まだ参拝の時間になっていません。浜でひと息ついてから回ると、時間を気にせず境内を歩けます。
参拝は8時30分から17時
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 住所 | 〒299-3251 千葉県大網白里市大網3002 |
| 参拝の時間 | 8時30分から17時(早朝や深夜の参拝は控える) |
| 定休日 | 無休 |
| 料金 | 無料 |
| 駐車場 | 乗用車47台・無料 |
| 大型バス | 2台(要予約) |
| 車 | 千葉東金道路の山田ICから約10分(約7km) |
| 電車とバス | JR大網駅からバスで約3分、「宮谷」で降りて歩いて約1分 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 問い合わせ | 0475-70-0380(大網白里市商工観光課 振興班) |
表の中身は、ちば観光ナビの本國寺のページの基本情報のとおりです。施設の情報は変わることがあるので、行く前にこのページの基本情報も見ておくと安心です。
駐車場は47台で無料
乗用車は47台停められて、駐車料金はかかりません。大型バスの枠は2台で、こちらは予約が要ります。
車なら、千葉東金道路の山田ICから約10分です。大型バスで来る団体は、先に予約を入れておく必要があります。
大網駅からバスで約3分
電車なら、JR大網駅からバスで約3分です。「宮谷」のバス停で降りれば、歩いて約1分で着きます。
問い合わせの電話先は、寺ではなく大網白里市商工観光課の振興班になっています。
結論
早朝と深夜の参拝は控えるよう案内されています。大型バスで行くときは、駐車場の予約が要ります。
初詣で行くとき
元日に初日の出と初詣をまとめて回るなら、参拝の時間に入ってから本國寺に着くように予定を組むと楽です。日の出の時刻や、宮谷八幡宮と縣神社も合わせて回る順番を知りたい人は、「白里海岸の初日の出と元旦祭|元日の日の出は6時47分ごろ、駐車場と初詣の回り方」の記事を見てから元日の朝の予定を立てると迷いにくいと思います。
参拝できるのは表の時間のうちで、早朝と深夜は控えるよう案内されています。
県政発祥の地めぐりを歩くなら

大網白里市のデジタル博物館には、「県政発祥の地めぐり」というコースがあります。市役所を出て旧大網駅跡や宮谷八幡宮、本國寺を回り、旧千葉銀行の建物まで歩く道のりです。
本國寺は、大網の街なかに静かに建つ寺です。御首題を受けに来る人のほかに、このコースを歩く人も立ち寄ります。
本國寺だけ見て帰るつもりでも、市のコースの地図を開くと、宮谷八幡宮が0.21km先にあると分かります。急な石段の上の社には、宮谷県庁の初代知事の署名が残る額がかかっています。
市役所発着で約85分
コースは大網白里市役所から出て市役所に戻る、約5.54kmの道のりです。所要時間は約85分ですが、見学に使う時間は入っていません。
| 区間 | 距離 | 時間 |
|---|---|---|
| 大網白里市役所 → 旧大網駅跡 | 0.71km | 約11分 |
| 旧大網駅跡 → 大網城跡 | 0.2km | 約3分 |
| 大網城跡 → 宮谷八幡宮 | 1.16km | 約18分 |
| 宮谷八幡宮 → 宮谷県庁跡(本國寺) | 0.21km | 約3分 |
| 宮谷県庁跡(本國寺) → 勝の浦甚五郎の墓 | 0.35km | 約5分 |
| 勝の浦甚五郎の墓 → 岩佐春治翁頌徳碑 | 1.19km | 約19分 |
| 岩佐春治翁頌徳碑 → 蓮照寺 | 0.82km | 約12分 |
| 蓮照寺 → 旧千葉銀行大網支店(熱海輪店) | 0.31km | 約5分 |
| 旧千葉銀行大網支店(熱海輪店) → 大網白里市役所 | 0.59km | 約9分 |
区間の距離と時間は、大網白里市デジタル博物館の県政発祥の地めぐりに載っている数字です。

スマートフォンやタブレットで開くと、地図がGPS機能と連携します。ただ、使っているブラウザやアプリによっては、現在地が正しく表示されない場合があります。
初めての道なら、紙の地図代わりに画面のコースと見比べながら歩けるのは心強いですよね。
宮谷八幡宮は0.21km先
宮谷八幡宮は市指定文化財で、本國寺から0.21km、歩いて約3分の所にあります。第1の鳥居をくぐると敷石が始まり、参道の両側には桜が続きます。
石段の段数は104で、登りきると拝殿が見えてきます。拝殿の裏には三つの社があり、中央が八幡大神、右が天照皇大神、左が春日大神です。
それぞれの社には小さな額がかかっていて、その額の文字には宮谷県庁の初代知事「柴山典」の署名があります。本國寺で宮谷県のことを知ったあとなら、この額は歴史好きには見逃せないと思います。
大正の銀行は外から見る
旧大網駅跡は、房総東線(いまの外房線)のスイッチバック駅だった大網駅の跡です。昭和47年5月に駅が移り、跡地はいまは公園になっていて、腕木式信号機が残っています。
旧千葉銀行大網支店は、大正10年頃に建てられ、昭和45年まで銀行として使われました。タイル張りの外観で、骨格は大正時代の形をとどめています。
この建物は国の登録有形文化財で、持ち主は個人です。いまは店舗として使われているので、見るのは外からにしておくのがよさそうです。
明治の県庁跡から大正の銀行まで、ひと続きの道でたどれるのはぜいたくだと思います。電車で来て歩いて回るのが、このコースにはいちばん合っていそうです。
本國寺と同じように、大網白里で古くから信仰を集める神社のことは「縣神社の御朱印と大杉|大網白里 御朱印を受ける場所と行き方と駐車場」に書きました。訪れるたびに、ここが県庁だったことが少し身近になっていく寺です。
市のデジタル博物館に、本國寺を通る約5.54kmのコースが地図つきで載っています。
よくある質問

本國寺の読み方
千葉県教育委員会のページでは、「ほんごくじ」と読みがついています。市のデジタル博物館では「ほんこくじ」となっていて、資料によって読み方が2通りあります。
宮谷の読み方
宮谷は、「みやざく」と読みます。宮谷県庁跡は「みやざくけんちょうあと」、宮谷檀林は「みやざくだんりん」です。
本堂の中と坐像は見られるか
本堂の中や木造日蓮聖人坐像を見られるかどうかの案内は、県教委のページにも観光ナビにも見つかりませんでした。境内には、参拝の時間のうちなら無料で入れます。
出典:千葉県教育委員会「宮谷県庁跡」
出典:千葉県教育委員会「木造日蓮聖人坐像」
出典:大網白里市デジタル博物館「県政発祥の地めぐり」